使うだけの暮らし、産んで創る暮らし

 引きこもり生活を意識し始めて、気になりだしたこと。それは使ってばかりの生活をしている人と、使いながらも何かを産みだしている人の違いに気づき始めたこと。一例として、前者は言うまでもなくパチンカスや宝くじ、公営博打の類いに狂ってお金だけでなく人間関係など数値化できない見えない資産までどぶに捨てる暮らしをする人と、アフィブログや発電設備を作って電力供給を手伝ったり、月並みとはいえいろんな慈善活動に関わったりする暮らしをする人。娯楽遊びで得られる人間関係はその場限りのいわば使い捨ての人間関係だけど、ネットや慈善活動での交流は継続性がある。個人情報を知らせなくても、信条や所謂「生き様」に共通項があるケースが多いからね。
昔のエントリでも書いたように記憶していて二度以上書くかも知れないけど、消費の仕方だって全く違う。使うだけの人は基本的にメディアのいいなり。広告でやっている物だけを購入して使い、その商品の広告が終わる頃には捨てる。製品の好き嫌いすら気にせずに周囲の受けを気にした消費行動を行う。産み出しながら使う人は、好き嫌いやコストパフォーマンスの吟味は当たり前。寿命まで大切に使い切るし、製品の特徴や購入に至った理由も記憶し、次回の買い換え時の参考情報とする。結果、次回の購入時はより満足度が高まっていくはず。そして、結果的にはブラック企業の排除など社会貢献の効果も期待できる。消費は投票、ということでもあるのだ。
引きこもり生活なら、自分の部屋で冷静になって購入すべき物の判断がしやすくなる。引きこもり生活をするなら、使うだけの消費から脱出しよう!

住居って資産だったの?w

 多数の購読者を抱える大先生のブログで「住宅を買うか借りるかの判断基準」があって、とうとう大先生もこの論争に参加されたなぁと見させて貰った。
でも、自分にとって住居は「引きこもり生活を堪能するための道具」でしかないんだよね。だったら借りた方が得だろという結論に至りがちだけど、多くの賃貸住居はあくまでも「仮の住まい」というコンセプトとしか思えない造りのところがほとんどで引きこもり拠点としては使えないところが大半。やっぱり自動車同様、日本メーカーの小型車が上位車種へ買い換えさせるためにわざと乗り心地や運転のしやすさを劣化させていることに通じるものがあるように感じられる。どうせいつかは分譲マンションや建て売りへ引っ越しするんでしょ、賃貸は住居のコストを抑えるためのものだから住居へのこだわりのない奴や余り部屋にいない奴が選ぶものだから造りもそれなりにして収益率を向上させておかないと、っていう魂胆が見え隠れしているみたいな。

“住居って資産だったの?w” の続きを読む